前回の記事では、AI時代において、45歳から55歳くらいの世代が持つ経験は、決して古びた資産ではないと書いた。
むしろ、長年の仕事で培ってきた経験とAIを組み合わせることで、これまでとは違う価値を生み出せるのではないか。
そんな話をした。
ただ、「長年の経験」や「暗黙知」と言われても、少し抽象的に聞こえるかもしれない。
自分には、特別な技術などない。
職人でもないし、専門家と呼ばれるほどのものでもない。
そう感じる人も多いだろう。
だが、本当にそうだろうか。
私は今回、50代のベテランが長年の仕事や修羅場の中で身につけてきた、AIには判断が難しい暗黙知を洗い出してみた。
製造現場、営業、プロジェクト管理、人材育成、店舗運営、商品企画、危機管理、職人技。
8つの領域に分け、具体例を挙げていくと、100個ほどになった。
そこで見えてきたのは、ベテランが持っている経験とは、単なる知識量ではないということだった。
ベテランは、言葉になっていない情報を見ている
AIは、言葉や数値として与えられた情報を処理することには非常に強い。
大量の資料を要約する。
過去のデータから傾向を分析する。
複数の選択肢を比較する。
文章やプログラムを作る。
こうした作業では、すでに人間を大きく上回る場面もある。
一方で、現場には、そもそもデータになっていない情報が大量に存在する。
例えば、長年機械を扱ってきた人は、駆動音のわずかな変化を聞いて、
「すぐには止まらないが、このままだと数日後に故障する」
と感じることがある。
熟練した営業担当者は、顧客から「検討します」と言われた瞬間に、それが本当に検討するという意味なのか、実質的な断り文句なのかを感じ取る。
プロジェクトをいくつも経験したPMは、進捗表では順調に見える案件でも、会議の空気や担当者の発言から、
「このプロジェクトは、もうかなり危ない」
と察知する。
管理職は、若手社員の「分かりました」という返事を聞きながら、本当は理解できていないことに気づく。
これらの判断は、マニュアルに書かれていない。
数値として記録されているわけでもない。
本人に「なぜ分かったのですか」と聞いても、
「何となく」
「経験かな」
「いつもと違ったから」
としか答えられないことも多い。
だが、その「何となく」の中には、何十年分もの観察と失敗と修正が詰まっている。
暗黙知とは、単なる勘ではない
暗黙知という言葉を使うと、非論理的な勘や、ベテランの思い込みのように捉えられることがある。
もちろん、経験に基づく判断が常に正しいとは限らない。
過去の成功体験に引きずられ、環境の変化についていけなくなることもある。
だが、優れたベテランが持つ暗黙知は、根拠のない勘とは少し違う。
本人が意識していないだけで、実際には大量の情報を統合している。
例えば、炎上しそうなプロジェクトを察知するとき、ベテランPMは次のような情報を見ている。
- 会議で発言しなくなった担当者
- 何度も先送りされる小さな課題
- 誰も責任者になりたがらない論点
- 「大丈夫です」という言葉の増加
- 顧客と開発側で異なるゴール認識
- 報告資料から消えていく不都合な情報
一つひとつは、決定的な証拠ではない。
だが、複数の小さな兆候が重なったとき、過去の失敗事例と結びつき、危険信号として認識される。
つまり暗黙知とは、
本人の中で圧縮され、説明されないまま使われている判断モデル
とも言える。
ある意味では、人間の頭の中に構築された、小さな専用AIのようなものだ。
50代は、会社が保存していないデータを持っている
企業は多くのデータを保存している。
売上、原価、作業時間、障害件数、顧客情報、品質記録、議事録。
しかし、企業が本当に失いたくない知識の多くは、データベースの中ではなく、人の頭の中にある。
どの顧客には、どの順番で話を持っていけばよいのか。
どの設備は、マニュアルどおりに扱うとかえって不調になるのか。
どの協力会社は、無理な依頼でも最後には助けてくれるのか。
どの社員同士を同じチームにすると衝突するのか。
どの仕様変更を受け入れると、後でプロジェクト全体が崩れるのか。
どのクレームは早く謝るべきで、どのクレームは事実確認を優先すべきなのか。
こうした情報は、会社の正式な記録には残りにくい。
そして、ベテランが退職した瞬間、突然失われる。
後任者はマニュアルを読めても、なぜその判断をしていたのかまでは分からない。
企業から見れば、これは巨大な知的資産の消失である。
にもかかわらず、多くの企業では、退職前に業務手順書を作成して終わりになる。
しかし、手順書に書けるのは、通常時の作業手順である。
本当に価値があるのは、
「通常どおりにいかなかったとき、何を見て、どう判断するか」
という例外対応のほうだ。
AIは暗黙知を奪うのではなく、掘り起こす道具になる
AI時代になると、ベテランの経験は不要になる。
そう考える人もいる。
確かに、知識を調べることや、定型的な資料を作ることの価値は下がっていくだろう。
過去の情報を覚えているだけでは、AIには勝てない。
だが、AIには別の使い方がある。
ベテランを代替するのではなく、ベテランの中に眠っている判断を、言葉やデータとして掘り起こすために使うことだ。
例えば、熟練者に対して、単に、
「仕事のコツを教えてください」
と質問しても、なかなか答えは出てこない。
本人にとっては当たり前すぎて、何が重要なのか分からないからだ。
そこでAIを使い、具体的な場面を掘り下げていく。
最後に大きなトラブルを回避したのはいつだったか。
最初に何がおかしいと思ったのか。
新人なら、どこを見落とすと思うか。
どの時点で上司に報告するべきだと判断したのか。
逆に、過去に判断を誤ったのはどのようなときだったか。
こうした質問を繰り返すことで、「経験です」という一言の中に隠れていた判断材料が少しずつ姿を現す。
さらに、文章だけでなく、動画、音声、操作ログ、センサーデータ、作業前後の状態などを組み合わせれば、暗黙知の一部をAIが扱えるデータに変換できる可能性もある。
大切なのは、ベテランの判断を丸ごとAIに置き換えることではない。
AIが異常の候補を示し、過去の類似事例を探し、判断材料を整理する。
最後にベテランや現場担当者が、状況を踏まえて意思決定する。
そのような、人間とAIの役割分担を設計することだ。
100個を洗い出して分かった8つの領域
今回洗い出した暗黙知は、大きく8つの領域に分けることができた。
1つ目は、機械の音、振動、匂い、熱、手応えなどから異常を察知する、現場の五感と物理トラブルの領域。
2つ目は、社内政治や人間関係を読み、正論だけでは動かない組織を調整する領域。
3つ目は、相手の予算、迷い、本当の期限などを探りながら着地点を作る、営業と交渉の領域。
4つ目は、情報が不足した混乱状態で第一手を決め、必要なら撤退戦まで考える危機管理の領域。
5つ目は、本人も気づいていない強みや弱みを見抜き、適材適所や育成につなげる領域。
6つ目は、客の視線や歩き方、群衆の流れ、地域特有の需要などを読む、店舗・サービス・流通の領域。
7つ目は、データやアンケートだけでは見つからない、商品企画やマーケティング上の違和感を拾う領域。
8つ目は、素材の感触、微妙な力加減、温度、炎の色などを身体で捉える、職人技と技能継承の領域。
業界は違っても、共通していることがある。
ベテランは、目の前に明示された情報だけでは判断していない。
過去の経験、周囲の状況、小さな違和感、失敗した場合の影響、人間関係まで含めて、総合的に判断している。
この能力は、単なる作業手順ではない。
不完全な情報の中から、次に起きることを予測する能力である。
自分には暗黙知がない、と思っている人へ
ここまで読んでも、
「自分には、そんな大した経験はない」
と感じる人もいるかもしれない。
だが、暗黙知は、本人にとって当たり前であるほど見つけにくい。
次のような経験はないだろうか。
会議が始まって数分で、この話は今日は決まらないと感じた。
顧客のメールを読んで、文章には書かれていない不満を察した。
若手の報告を聞き、何かを隠しているのではなく、本人も問題に気づいていないと感じた。
システム障害の報告を見て、ログを調べる前に原因の見当がついた。
初対面の相手と話し、誰が実質的な決定権を持っているか分かった。
プロジェクトの数字は順調なのに、このままでは失敗すると感じた。
それらは、単なる気分ではない。
長年の経験から生まれた、あなた固有の判断モデルかもしれない。
問題は、その判断を本人も説明できず、会社も記録していないことだ。
まずは、自分の「何となく」を疑ってみる
50代がAI時代にやるべきことは、若い世代と同じ速度で大量の作業をこなすことではない。
AIを使って、自分の経験を掘り下げることだ。
まずは、仕事の中で自分が「何となく分かる」と感じる場面を書き出してみる。
- なぜか危ないと思う場面
- 誰よりも早く異変に気づく場面
- 他の人から相談される場面
- マニュアルどおりでは解決しない場面
- 過去の失敗経験が役に立った場面
- 自分がいなくなると困ると思う判断
そして、その「何となく」をAIに説明してみる。
AIに質問してもらいながら、具体的な出来事、観察した情報、判断理由、結果を言葉にする。
すると、自分でも意識していなかった価値が見えてくるかもしれない。
50代の経験は、完成品ではなく学習データである
若い頃は、知識を増やし、技術を身につけることが成長だった。
しかし、50代以降は少し違う。
これまで積み上げてきた経験を分解し、意味を見つけ、別の形で再利用することが成長になる。
自分の経験は、過去の遺産ではない。
これからAIと組み合わせるための学習データである。
ただし、保存されていない学習データだ。
自分で掘り起こさなければ、そのまま消えていく。
AIの登場によって、ベテランの価値がなくなるのではない。
むしろ、これまで言葉にできなかった経験を、価値ある形に変えられる道具が初めて現れたとも言える。
もしあなたが45歳から55歳くらいで、頑張り続けることに少し疲れているなら、もう一度自分に問いかけてみてほしい。
自分は、他の人が見落とす何を見てきたのか。
どんな修羅場を経験し、何を学んだのか。
どの判断なら、若い頃の自分よりも今の自分のほうがうまくできるのか。
そして、その経験をAIと組み合わせたら、誰のどのような問題を解決できるのか。
あなたの経験は、終わった資産ではない。
まだ、整理されていないだけだ。
AI時代に本当に価値を持つのは、AIと競争する人ではない。
AIに、自分が見てきた現実を教えられる人なのかもしれない。
最後に
もしあなたが45歳から55歳くらいで、「頑張り続けることに疲れた」と感じているなら、一度自分に問いかけてみてほしい。
自分が長年の仕事で見てきた「現場の暗黙知」は何か。
他の人が見落とす何に、自分は気づけるのか。
その経験をAIと組み合わせたら、誰のどんな問題を解決できるのか。
あなたの経験は、終わった資産ではない。
まだ言葉になっていないだけだ。
AIの時代だからと、必要以上に悲観することはない。
AIに現場を教えられるのは、現場を生きてきた人だからだ。
50代は、AIに追い越される世代ではない。
AIに経験を与え、新しい価値へ変えられる世代なのだ。







